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高齢者の心の支えだった聖路加国際病院名誉院長の日野原重明先生が105歳で亡くなりましたね。。

 

100歳を超えても元気に仕事しているというニュースをつい最近聞いたような気がしていましたが、入院しているというニュースもメディアで報道されていなかったので、突然のニュースで、驚いた方も多いのではないでしょうか?

 

このような素晴らしい功績を残した方が、ひっそりとこの世を去っていくというのは、本当に寂しいかぎりですが、、、メディアに追っかけられて亡くなるよりも、日野原先生らしい亡くなり方だったのかもしれません。

 

ただ、そうは言っても、100歳を超えても元気に働く姿をメディアで見せていた日野原重明先生は、超高齢化社会の日本では、高齢者にとっては心の支えになっていました。『日野原先生のように、100歳を目指して頑張ろう』と思って、目標にしていた人がたくさんいます。そのような人たちにとって気になることは、やはり、何が原因で亡くなってしまったのかということなのではないでしょうか。

 

 

日野原先生の亡くなった原因は?

 

 

今のところ、メディアで報道されているのは、関係者の話として、『体調を崩して自宅で静養を続けていましたが、18日朝6時半すぎ呼吸不全のため亡くなった』ということだけで、病名などは報道されておりません。

 

ただ、ポイントになるのは、『体調を崩して自宅で静養を続けていた』というところです。入院していたわけではなく、何かしらの治療をしていたわけでもないようなので、おそらく、風邪のような症状が続いていたということなのではないでしょうか?

もちろん、日野原先生は医者なので、自分の体調が何かしらの病気だと思えば、入院して治療をしようと思うはずです。そうしなかったということは、大きな病気だと本人も思わずに、自宅でゆっくりとしながら、回復を待っていたのではないでしょうか?

 

下の表を見てもわかるように、人間の死因は、90歳以下はガンが1位となっていますが、90歳を超えると徐々に下がっていきます。

そして、なんと、95歳以上では1位が『老衰』となります。

 

 

日野原先生は、呼吸不全で亡くなったということですが、『肺炎』とははっきり書かれていないので、おそらく、『老衰』のような形で、全身のエネルギーが落ちていく中で、風邪をひいてしまい、それが原因で呼吸がしにくくなり、心肺機能が急速に衰えてしまったのではないでしょうか。

 

 

 

一番の功績は、高齢者を勇気づけたこと?

 

 

一般の人は、おそらく、日野原先生の医学界における功績をあまり知らないのではないでしょうか?

 

簡単にまとめると、以下のようになっています。

 

・民間の病院として初めて人間ドックを開設して、定期健康診断による早期発見、早期予防の医療を日本に定着させた。

・成人病を『生活習慣病』と言い換えるように提案した。

・患者との対話を重視して、患者参加型の医療を推進した。

・国内初の独立型ホスピスを設立した。

 

ということです。

 

ただ、日野原先生の一番の功績というのは、それよりも何よりも、多くの高齢者に、『日野原先生のように、超高齢者になっても元気にパワフルに働くことができる』というモデルケースを作ったことではないでしょうか?

それによって、日本全国の高齢者が少しでも生きるエネルギーを持つことができたことで、もしかしたら、全体の平均寿命も上がり、医学界にも功績があったのかもしれません。

 

そのような偉大な人が亡くなったのは本当に残念ですが、、、日野原先生の生き方を改めて見直して、どうすれば、超高齢化社会を元気に明るく生きれるのかを研究する必要があるのではないでしょうか?

 

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